回復してきたと思うこと

 私の性的問題は、痴漢、露出などの性暴力や、ツーショットダイヤルでのテレホンセックスやマスターベーションなどの強迫的性行動である。3年前に、電車内で女子高生への強制わいせつの罪で逮捕されたのをきっかけにSCAを知り、つながった。SCAにつながった頃は、まだ判決も降りていなかったので、実刑判決を受けるかもしれないと恐々としながらも、社会生活も夫婦生活も破綻してしまう私の性犯罪行為がどうしたらやめられるのか、それだけを考えていた。2度とやらない、と何度も誓っていたので、誓うだけでは次はやらないという保証はないと、自分でも感じていた。それで、自助グループの世界に足を踏み入れた。つながったときは、判決を控えていたこともあり、「どうしたらやめられるのか」、その答えを実感したいと思っていた。今考えるとやめる方法を見つけて安心したかったのだと思う。

 性的問題行動を繰り返しているときの私は、表向きは普通の人と変わりない自分を装っていたため、とても苦しかったが、逮捕という事件を通して、隠していた秘密を強制的にさらけ出されたことで、かえって自分のしたことを受け入れられる気持ちになれた。それから、ミーティングに出て、自分の問題を話すたびに、自分が解放されていった。私の秘密を隠さなくていい場所があったことは、とてもありがたかった。

 私より前からつながっている仲間が長いソブラエティを達成していたりするのを見て、自分の回復はソブラエティ(性的問題行動やマスターベーションをしないでいられること)の日数を伸ばしていくことだと考えて、それには、性的衝動が起きないようにしなくては、と思っていた。しかし、電車に乗っていても、車を運転していても、女子高生や露出度の高い服装をしている若い女性を見るたびにとらわれ、じろじろ眺めたくなった。そんな自分を振り返って、私はまだまだ回復していないのではないかと思った。

 その後、ステップ1を学び、性的衝動がわき起こってしまうこと自体を自分で制御することはそもそも無理なのだと受け入れるようになった。昔の自分は、痴漢をしたい、露出をしたいと思えば、それをやらなければ気が済まなかったので、やらないようにするには、したいと思わない自分にならなければならない、と思っていた。ところが、ステップ1が私に教えたのは、やりたいという気持ちは受け入れろということだった。その上で、実際の行動には起こさないでいられる自分にならなければならないということだった。この気づきともいうか悟りともいうべきことは、今までの私の考えには全くなかったことで、衝撃的だった。

 やりたいと思っているのにやらないでいるということは、はじめはとてもできないことのように感じたが、私はそういう影の部分を持つ自分を否定していたことに気づいた。善悪で判断して自分を裁いていた。それに代えて、いいも悪いもなく、今自分が何を感じているかを隠さずに認めてあげようと意識するようになって、とても楽になってきた。

 自分を裁いてしまう根底には、他人からの承認を求めてしまうという私の最大の問題がある。私が他人にこう思われたい、と勝手に描いて、その通りにしたいから、他人によく思われないのではないかと自分が思う部分を裁いていた。しかしいくら裁いても自分が苦しくなるだけだった。仕事はいつも能率よくはかどらなければならない、とか、起きている間はいつも効率よくなにかをしていなければならないとか、無意識に思いこんでいて、それがスリップにつながっているとわかるようになってきた。私がマスターベーションをするときには、女性からの承認で満たされたいという思いと、性的興奮や快感が一体となっていると思えるようになった。

 以前の私は、マスターベーションがとまらないことばかり目を奪われて、ちっとも回復していないと思っていたが、私のカウンセラーのアドバイスをきっかけに、自分のプラスの側面を見るようになってきた。出来ていないことを「出来ていない!」といくら嘆いても自分の回復にとって何の効果もないばかりか、むしろスリップに自分を駆り立ててしまう危険となることに気づいた。私は確かに3年間(も!)性犯罪が止まっている。一番の理由は、私が子ども時代に自分の親によって傷ついて生きていたことに気づき、自分の傷ついた感情を受け入れられるようになったことだ。私のしてきた性犯罪行為は、相手の女性に、自分が感じているこんなに重いものを背負わせるものなんだと思えるようになった。

 私がつながる前に性的問題行動を合理化するのに使ってきた「怒り」も、昔は100%他人が原因で、誰かが「私を怒らせた」のが悪い、と思っていたが、怒りや恨みの感情がわき起こったときは、まず自分の側に問題がないかに焦点を当てて、自分の気持ちをたぐり寄せていくと、たいていは自分の側に問題があることがわかってきた。現実問題として、他人にせいにしている間は怒りは収まるどころか逆に増していったが、自分の受け取り方や行動を変えていくと、不思議と気持ちが収まることがわかった。とにかく楽!なのだ。まだ部分的であるが、自分の感情を適切に対処できるようになってきたのは、今までの自分と比べたらものすごい進歩だと思う。

 ソブラエティの日数こそ増えないが、私は確実に回復の途上にあるのだと感じる。同時に、これからもさらなる回復をしていきたいと思うのだ。そのための行動をひとつずつ増やしていきたい。

 私にとって、SCAをはじめ自助グループのミーティングは、自分の話を話すことで、また仲間の話を聞くことで、いろんな気づきを与えられる場所であり、自分勝手な生き方から霊的な生き方に自分を引き戻す場所であり、どんなに行きたくなくても、行けば必ず「来てよかった」と思える場所である。仲間とのフェローシップは、自分と他人との境界線を引くとてもいい訓練場所である。私の回復にとってミーティングは欠かせない。私はこのフェローシップに参加できてとてもありがたいと思う。

アノニマス

(初出:2007年2月第18回横浜アディクションセミナー資料集)