「あの事」にだって解決はある

 2000年春。アルコール依存症で入院した病院のレクチャーのプリント。それは各種アディクションの対象をイラストで表したものだった。アルコールには酒瓶の、セックスには男女が同じベッドにいるイラストがあり、「自分に当てはまる」と思うものに○を付けていった。「確かにマスターベーションは度を越しているかも」と僕はセックスにも○を付けた。が、それだけだった。「『あの事』は関係ない」「それにここには男女のことしか描いてない」。退院してAAにつながった。中途半端だったが。僕の性へのこだわりを聞いた仲間がある性依存のグループを紹介してくれた。が、連絡しなかった。「『あの事』は違う」、「『あの事』を分かってもらえるはずがない」。

数ヵ月後、僕は拘置所にいた。罪名強制わいせつ未遂。被害者は男児。僕の最大の問題は小児性愛と子どもに対する性加害だ。思春期から行動化が始まった。児童ポルノと虐待的な妄想を使い、後々にはアルコールと薬物も使い、強迫的マスターベーションを繰り返し、加害も繰り返してしまった。主に男児に性的に囚われ、しかし自らを「少年愛者」と呼び、「趣味の問題」、「価値観の問題」、「それを社会が問題とするから、それは問題となる」、と自己正当化し続けた。被害者のことを想像する力はなかった。

 「本当のことを言っても僕のことは誰にも理解されない。だから誰にも言わない」。それは深くて最大の秘密となり自分自身も苦しめた。一方でそのことこそが「本当の自分」に思え、そしてそのことについて語れず、またそれを手放したら生きていけなくなるように感じていた。そのことに酔っ払いそして絶望していた。「このことは誰にも言えない」「本当のことを言ったら非難される」「こんな人生...」「何でオレだけ...」。誰にも理解されないと苦しみ、怒り、そして人々を傷つけていた。かつて親から虐待を受けたと感じ、子ども心に「僕は親と違って子どもの気持ちのわかる大人になる」と誓った僕は、しかし全く逆の人間になっていた。そして親や社会を恨み、破壊的な行動をすることで、いつか親が「私たちが悪かった。それは認めるからどうかまともになってくれ」と自分に謝ってくれることを期待していた。

 それはかなえられた。「息子がこのようなことをしてしまったのには私にも原因がある」。父は裁判で証言した。が、何も変わらなかった。弁護士さんがある論文を差し入れてくれた。「性犯罪は嗜癖」! また同じような加害者の回復の物語、そしてサバイバーの人々の手記を読ませてもらった。ようやっと僕は自己正当化を解き、自分の性が人を深く傷つけるから、だから問題であり、それは改める必要のあることを認められた。そして別の機会には、小児性愛などの性嗜好異常(パラフィリア)は、そのままそれを性依存症とみなすことができることも知った。

 そればかりか希望も与えられた。自分の最大の問題が何とかなる可能性を感じられた。かつて深い落ち込みから精神科を訪れた時、「アルコール依存症」と診断されただけでは僕は「それだけ?」としか思えなかった。しかし今や自分の最大の問題である小児性愛と子どもに対する性加害を「アディクション」として捉えられることがわかったのだ!だとしたら話は早い。気持ちが軽くなった。すでに12ステップの回復のプログラムをやっていこうという気持ちが少しはあった。これからは「あの事」だってそれに委ねていけばよい。ようやっと過去の棚卸しができ始めた。第5ステップをやり、初めて「秘密のないこと」を経験した。真実は僕を自由にする。

 それからSAにそしてSCAに出会うことができ、自分のことをもらさず回復のプログラムに委ねる環境が整った。SCAに出会うことで、僕は自分の成人の性対象の性別=性的指向(セクシュアルオリエンテーション)について気にする必要はなくなった。が、道は平坦ではなかった。僕はその存在を認めはしたものの長いこと慣れ親しんだ恨みや怒り、そして恐れに囚われ続け、その回避の手段としてこれも慣れ親しんだマスターベーション――自分のリカバリーブランで、はっきりとそれをスリップと定義したのだが――を手放せなかった。そしてそうする度に落ち込み、自分を責め、またつらくなり次のスリップをした。そんな時は「自分を超えた大きな力が私たちを健康な心に戻してくれる」なんてことは吹っ飛んでしまった。しばしば投げ出したくなり、罪悪感に囚われ、「再犯しないのには死ぬのが一番」と自殺も考えた。しかし治療者や仲間、スポンサーに、そして神に、昔は恐れてそれを求めることができなかった助けを求めることができ、また戻ることができた。祈ることもだんだんと習慣にできるようになった。

 最近また落ち込んだ。「今さら再犯したくも飲みたくも死にたくもない。だけどそれ以上も勘弁。ただ生きさせて!」としか思えず、せっかくついた仕事もやめ引きこもってしまった。しかしその時、このように自分に「生きていくための力がない」のもこの病気の状態=スピリチュアルに病んだ状態――病的な性のあり方囚われ、普通の人がシラフで生きる過程で学習していくことを棚上げにしてしまった結果自らもたらした――であるということに気付かされ、改めて「自分なりに理解した神」に助けを求めることができた。そしてそうすることによって僕は心の安らぎと希望、そして生きるための力を与えられていると感じている。ソーバーでいることも苦痛ではない。

 一方、僕には成人に対しても、セックスだけが目的の関係、ハッテン場通い、カップルになってもセックスにはまりっ放し、と性の問題がある。しかしこれも素直にこのプログラムに委ねていけばよいと思っている。いつの日かそれにふさわしい自分になった時には、健康な親密さに基づいた、セックスはオプションで付くような関係を誰かと作れればうれしい。

 傷つけてしまった人々への埋め合わせをはじめ、この道はまだまだ続く。それでも僕は今、回復のプログラムにつながり生き直しを始められたことは、かつての孤独と絶望を思うとありがたいに尽きる。そして今何よりうれしいのは、神が「今苦しんでいる性的強迫症者にメッセージを運ぶ」機会を与えてくれていることだ。それは僕にとっては過去の自分への励ましでもある。それは僕に大きな力を与えてくれる。この話が自分と同じような問題で苦しむ人への希望となればうれしい。解決はある。

アノニマス

(初出:2005年2月第16回横浜アディクションセミナー資料集)